<   2012年 08月 ( 1 )   > この月の画像一覧

政策学校「一新塾」のメルマガにてご紹介いただきました

私が嘗てよりお世話になっている政策学校「一新塾」のメールマガジンにて、少し、紹介をしていただきました。
まだまだ至らない私ですが、これからも宜しくお願い致します。

2012年8月25日
岐阜県にて

以下、転載。

『いつも失敗してきた。だから、もう一度挑戦する必要があった!』~株式会社デルタトラクターを起業して~
一新塾第12期・22期「名古屋」地域科 宮田久司

●長かったフリーター時代
2002年、大学生として悶々とした日々を送っていた私は、新たな糸口を見つけようと一新塾の門を叩いた。
名古屋のミーティングに足を運ぶと、真剣にビジョンを語り、現実社会に働き掛けていく大人達の姿があった。そして、これこそ私が求めていた環境だと思った。
それから大学を中退し、2年半のアルバイト生活を送った。
先の見えない毎日に終止符を打ったのは、ある公共施設で見かけた「観光まちづくり」のワークショップのチラシだ。元々、地域振興に関心のあった私は、早速アイデアを持って愛知県犬山市にあった日本ライン広域観光推進協議会に聞き取りと提案に行き、その半年後、縁あってその職場にお世話になることとなった。

●地域だけで若者は食べていけない
日本ライン広域観光推進協議会と、その後移籍した美濃加茂市役所商工観光課に在職した約6年間、私は地域の現場に入り込んだ。
職責として、住民ワークショップ、イベント、展示会でのPR、特産品開発などを担当させていただいただけでなく、プライベートでも酒蔵と大学相撲部がコラボした商品企画や、中山道に関するイベントやフリーペーパー発行など、様々な事に関わり、勉強させていただいた。
一方で、これらの取り組みについては、反省点もある。
一つは、衰退が始まった地域に対して、行政が意向を持ち、職員が業務として担当し、予算を付け、ワークショップをやったとしても、結局、短期的なアウトプットや自己満足に終わってしまったという点。
二つ目は、地域のまちづくり活動に参加する場合、その活動以外に、広域的に発信できる別の本業を持ち、まちの活性化と自身も含めた利害関係者の利益とを明確に結びつけることが出来ない限り、その取り組みは持続しないという点である。
近年、まちづくり活動もコミュニティビジネスの一環として取り扱われているが、実際には相当な難しさがあると感じる。

●中国との出会い
市役所在職中は、新しい出会いもあった。同僚の中国人の繋がりから、当時、新たに着任された総領事(名古屋)とお会いする事もできた。2009年の秋。中国人観光客の誘致について、注目されはじめた頃だった。
総領事は、観光を通じた人的交流の促進に意欲を持っていたこともあり、私は美濃加茂市から白川郷、飛騨高山、下呂温泉なども含めた岐阜県の魅力を知って頂くため、観光視察と、各首長との面談を手配した。
それが一つのきっかけとなり、大連電視台の取材手配、行政視察の対応、勉強会の開催、ミッション団の派遣、市内事業者の海外展開動向調査や対応施策の検討などを進め、それまで取り組まれていなかった領域についても、商工会議所と共に取り組むべく、手はずを進めていった。
更に、美濃加茂市には日系ブラジル人を中心に、ピーク時には全人口の12%以上を占める外国人登録者数があり、それを活かした共生、交流、産業などの横断的なプログラムが必要だろうと、戦略を提示し、新ポストの設置も提案した。
しかし、こういった振る舞いは、一部の有力者からは煙たがられ、圧力がかけられていたことも事実だと思う。まだまだ出来る事は沢山あるにも関わらず、もはや何も出来ない状況に無力感を感じ、退職した。

●地域と世界をつなげる
退職後は、観光行政に携わっていた思いや人間関係もあり、主に中国の東北地方への観光プロモーションや視察アレンジなどに取り組んだ。
特に地元である岐阜県の魅力を、その地域の中だけに押しとどめておくのではなく、現地の生活者に紹介し、外の目や価値観によって、逆に磨かれ、一層の輝きや価値をもたらし、活性化へと結びつけることができると思い、活動を続けてきた。
日本では、どの土地にいってもインターネットがつながり、家電が充実し、きれいな車が置かれている。そういったグローバル経済から大きな便益を受け、グッズを揃えているにも関わらず、地方の側では、世界とのより良い結びつきや、貢献する手段を持ち得てない場合、どこで経済的な整合性を保っているのだろうか。地域と世界をつなげる「何か」が必要なのだと感じる。
勿論、そのような結びつきは、世界平和や共生、戦略的互恵関係の構築といった社会理念にもつながるだろう。

●モノを通じてコトへとつなげる
しかし、退職した事は良いものの、厳しい現実にも直面している。
誘客プロモーションや視察のアレンジは、見えない価値を提案するものであり、既存の業界の層も厚く、別の切り口が必要だった。
そんな中、ある方から直接観光誘客を進めるのではなく、モノを通じて直接コミュニケーションできる環境をつくり、そこから交流につなげていけば良いのではないかと助言を頂いた。モノを通じてコトへとつなげる、確かにそうだと思った。
また、自分ひとりの知恵だけでは限界があると考え、一新塾の仲間の協力も頂き、今年の6月に株式会社デルタトラクターを設立した。
このようないきさつも踏まえ、今は、来年に、中国大連市にひとつのコンセプトショップを開店するべく準備に動いている。
全てが未経験であるが、今のところ引き返す先も無い。人生の必然と思い、前を向いて挑戦し、成長し、貢献したいと心底思う。

転載は以上。

<関連リンク>
政策学校「一新塾」
メールマガジン・サイト
[PR]
by miyatahisashi | 2012-08-25 21:21 | その他