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震災復興と地域再生(商店街、地場産業、仮設住宅)

11月21日から23日まで、9回目の東北への訪問を終えました。
今回は、山形と宮城。特に22日は石巻と東松島の現場をまわりました。
先ず、山形大学・東北芸術工科大学のメンバーらが進める「Smile Trade 10%」(以降ST10%)経済復興プロジェクト「START」の一環で、石巻市ことぶき町通り商店街の関係者の皆様と面談。
その後別れ、お付き合いのある高砂長寿味噌本舗さんと面談。
そして宿泊は、東松島市小野駅前仮設住宅集会室。この仮設住宅が、これからの宮城での「拠点」となります。

商店街、地場産業、仮設住宅。
それぞれが全く形態の異なるものですが、これら全てが地域を構成する主体となります。
そして、「震災復興と地域再生」の担い手にならなければならない主体です。
更に、これから継続し、多面的な支援や連携が必要となる対象でもあります。
今回は、これらの主体についての、関連する取り組みと現状について、記載したいと思います。

1.ことぶき町通り商店街(宮城県石巻市)
今日、特に地方都市における商店街は、過渡期を迎えております。
鉄道の利用形態の変化、車社会と基幹道路の拡張、郊外型大規模小売店やロードサイドのフランチャイズ店舗の増加などに伴い、各地における地域の経済的ボリュームや客足などにおいて、相対的な位置づけが低下し、更に後継者問題など併せ、閑散とした状況が続いているというのが、現状の多くではないかと思います。
一方で、経済産業省以下、県や国の進める中心市街地活性化施策などに併せ、インフラ整備や補助金などが比較的つぎ込まれており、自らの商売における商品やサービスの価値を見直し、ビジネス展開を図る、あるいは商店街としての「場」の価値を高める努力や工夫を、主体的に展開するということが、地域によって大きく差があるという実情がある、というのが現状の認識としてあります。
時に、「殿様商売」だと言われてしまいがちな商店街ですが、一方で存在意義をもたせることも、確かに可能であると考えます。
ことぶき町通り商店街が、今日までどうだったかについて、私は現段階では十分把握しておりませんが、震災後、再生する強い意志を持ち、方法を模索していることは、対話の中で伝わってきました。
この商店街では、同行した、青山学院大学の塚本俊也教授を中心に学生が中心となり展開されたことぶき町通り商店街の「石巻街路復興支援事業」の取り組みや関係を引き継ぎ、連携し、経済復興に取り組んでいくという決意で、ST10%のメンバーたちは、ヒアリング、意見交換、そして学生によるプランの提案がなされました。
それらの提案がどう映ったか、未だ何とも分かりませんが、これから現場に入り、より深く対話し、考える中に、先に進む道があると感じております。
プロジェクトに関し、私が関われること、できることは微小であると思いますが、「震災復興と地域再生」という同じ目的のもとに動く同志でもあり、ぜひできる範囲で連携協力していきたいと考えております。
商店街に対する固定観念を打破し、地域再生の一つの拠点として、関係者とともに街が活きることを願い、石巻を後にしました。

2.株式会社高砂長寿味噌本舗(宮城県石巻市・東松島市)
石巻の本社が被災した高砂長寿味噌本舗は、内需が見込めない現状の中、地場の産品と味噌や醤油を組み合わせた商品開発を積極的に進め、外へと販路を拡大させることに尽力されています。
震災からなんとか立ち上がり、地域の特色ある産品を生産する経済主体として、地域経済を動かす役割を、これらの企業は担っています。
そのためには、外貨を獲得する為の活動、すなわち「外商」活動が必要となります。
ご縁もあり、これらの商品を岐阜県で販売してきた経緯から、これらの地場産品の生産者を積極的に支援し、農商工の連携を進め、中長期に渡る復興の担い手として、その外商力の拡張とその恒常化が、「震災復興と地域再生」には不可欠であると認識しております。
震災から8ヶ月経ち、多くの他の地域の人々の、復興に対する意識は確実に弱くなっています。その現状を踏まえ、後々まで自然に東北の力に繋がる復興手段を見出さねばならないと考えています。
今回の訪問は、私の立場が変わることも伝え、その上で、一層復興支援に注力すること、また、外商強化に向けた協力を進めて行くことなどについて、意見交換させていただきました。
現在、この延長線上に、ひとつ企画を考えています。

3.小野駅前仮設住宅(宮城県東松島市)
小野駅前仮設住宅では、品井沼(松島町)の避難所の時からお世話になっている、東松島市野蒜新町地区の方が責任者を務め、がんばって切り盛りをされています。
今回も、1泊2食をいただき、夜は、岐阜県美濃加茂市役所から出向している職員も含め、食事を頂きながらお話をしました。
野蒜は集団移転が予定されているところ。どこにどう、また費用面や権利面も含めて、先行きが見えない中、不安と過去の悲しみを抱え生活されています。
これから寒くなり、仮設住宅にこもる方も出てくるのではないか、ふとした時に自殺者が出るのではないかなど、心配な面も抱え、なんとか仮設住宅での生活やそこに住む方々の状態をより良くしたい。そのような思いをもって、葛藤しながら毎日をおくってみえることでしょう。
なかなか自分たちだけで立ち上がることも、働き掛けることもどうすれば良いか分からない。しかし、自分たちが主体的に立ち上がらなければ、受け身のままではダメだ。そのような危機感をもっています。
住民が問題解決をし、地域に対し前向きな働きかけをして行くことができる「プロジェクト」が必要。それを進めていきましょう。
その責任者の方と、意気投合しました。
12月の終わりから、少し東北に滞在する予定をしています。
そこで、これからお世話になる(つまり東北のベースキャンプにさせていただく)お礼として、私も、ここで、主体的に立ち上がるプロセス、その手段としての「プロジェクト」の計画立案、遂行において、ファシリテーターとして、お手伝いさせて頂くことになりました。

商店街、地場産業、仮設住宅と、それぞれ対象は違いますが、東松島から石巻にかけ、ひとまず5年、私なりのスタンスを見つけて関わっていこうと思い、東北の地を後にしました。

「震災復興と地域再生」。
このタイトルは、震災以降、財政学、社会関係資本や地域再生といった観点からアドバイスを頂いている京都大学の諸富徹教授が主催するシンポジウムのタイトルでもあります。今度、ここで今までの認識を報告させていただく予定です。
これからまず5年間、取り組む必要のあるキーワードです。

2011年11月23日
名古屋に向かう車中にて

<関連リンク>
Smile Trade 10%
青山学院大学ボランティア・ステーション
石巻「ことぶき町通り商店街」
高砂長寿味噌本舗
財政研冬シンポジウム「震災復興と地域再生」
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by miyatahisashi | 2011-11-25 00:23 | 東北・宮城

新たな船出 – ‘Social Platform Business’ にかける思い

「最高のキャリアは計画して手にできるものではない。自らの強み、仕事のやり方、価値観を知り、機会をつかむよう用意をした者だけが手にする。なぜならば、自らの得るべきところを知ることによって、たんなる働き者が、卓越した仕事を行なうようになるからである」- Peter F. Drucker (*1)

3.11からの動き、あるいは中国大連市との交流の中から、私は今、務めている岐阜県の美濃加茂市役所から手を引き(辞め)、私のキャリアにとっての新たな未来へと一歩を踏み出すことを決意しました。

3.11においては、結果的に8度、宮城に行きました。人の生き方、これからの価値観について、あるいは経済・社会のパラダイムについて、私は問われていると感じました。
中国大連との接点ができる中で、現在の世界の地政学的動向や平和に対する認識を深めることができました。大連にも気づいたら昨年4月23日を皮切りに6度、足を運んでいます。そして、日本のこれからの産業・経済について、あるいは民族的・国家的アイデンティティの課題についても、一層問われることになるでしょう。
このような中、世界はどうなるか、日本はどうするか、地方はどうするか、そして個人としてどう動くかについて、今までの固定観念やしがらみを飛び越えて、考え、動かなければならない時機に来ているのだと思います。

未だに地域は俯瞰的、大局的、フラットでフレキシブルな視点や発想ではなく、立場、建前、体面を確立することによりタコツボ化(4T)されたムラ社会(「タテ」社会)により成立する既得権益のしがらみと支配の中、良く分からない「身内の論理」で動いており、様々な人財に由来する意欲やアイデア、行動が抑圧されているという現実があります。
先日、私自身、身を以てこの現実に直面し、痛手を被りました。

「日本の社会はいま問題になっているいじめと同じで、みんなが、上の人にいじめられ、しごかれて、「タテ」社会で失敗を避け、ゴマをすりながらここまできたという実感を無意識にでももっていますから、下の世代に対してそれを無意識に繰り返してしまいます。(中略)「タテ」社会では横に動ける可能性が少ないから無意識に、上にゴマをすり、へつらいはじめるのです。」(*2)

平成20年10月まで内閣特別顧問をされていた黒川清氏の指摘は、人口5万人程度のこの町にも大いに当てはまると思います。
美濃加茂にも、このような「タテ」社会があり、あるいは役所という組織にもあります。それは、硬直化され、根深く確立されているものだと実感しました。
そしてこの町の、天井を知りました。

訳の分からない「身内の論理」に同質化し、甘んじていては発展性がありません。
愚痴も増えます。人を信じることができず、謀略的になってしまうかもしれません。ゴマをすり始め、卑しくなるのかもしれません。目的を見失い、必要なところにエネルギーを費やし能力を高める努力をしなくなる怖れもあります。人格の破壊の予感と兆候を私の中に見出してしまったのです。
それは、個人のみならず、地域も、あるいは国としても同じでしょう。
それに気づき、立ち上がった個人、地域、国が、挑戦と努力の末に勝ち取るものがある、またその逆としての衰退もある。
その分岐点に今、来ていると、だからこそ、今までの固定観念やしがらみを飛び越えて、考え、動かなければならない時機なのだと思います。
そして、私は、現況の環境や立場から決別し、新たな見地から未来を創造する主体としての個人として、転身することにしたのです。

これからも、東北のことについて、中国(大連)のことについて、継続して、関心を持ち、貢献できる取り組みを進めていきたいと考えています。

東北については、現状、立ち上がる意欲のある中小の地場産業に対し、提供される十分な支援があるわけではありません。
今は、インフラ整備に対し、あるいは生活者の一定の生活水準の確保に対し、限定的な支援策がとられているにしかすぎません。国や県ができることは、それらのことに限られてくるのかもしれません。
東北は、新たな産業の創出と同時に、特色ある地場産業が再び立ち上がることがなければ、その地域経済の再生はありません。
地域経済の再生がなければ、多くの人は外部からの全面的な支援に依存し、低い水準のままの生活を余儀なくされるということになります。
しかし、これらの地場産業については、内需は十分に期待できません。特に食品関係については、被災地の商店街などの飲食店は地域によっては壊滅している為、内需回復の目処は立ちません。
また、資産価値が低下し、借金から設備投資にまわした設備自体が津波で損害を受けているケースも多く見られます。しかし、県や銀行の融資・支援の枠組みの中では十分な担保や信用が無く、資金繰りに奔走しなければならないといったケースも耳にしています。
この冬を乗り超え、魅力ある東北を再生せねばなりません。
その為に、全国の消費、寄付、善意の融資、あるいはその他のリソースを引き出し、供給する中間的な支援・コーディネート機能としての「地域再生事業体」が必要になると考えております。
地元の行政、中小企業、ボランティアで動く人、あるいは避難所で日々の生活を送る人、それぞれ個々のレベルにおいて、高い意識でがんばっている方と、この数回の訪問で出会うことができました。
しかし、それをまとめ、つなぎ、ニーズを汲み取り、地域再生をコーディネートする機能については十分に整っておらず、これが必要であると、前回までの訪問で確信しております。
今後「社会プラットフォーム」としてのそのような機能の組成と確立を進めて行きたいと考えております。
山形大学の知人は、「Smile Trade 10%」というパッケージとしての取り組みを通じ、大学としての支援プログラムを進めていますが、このような動きとも連携し、ひとまずは、ご縁のできた東松島、石巻といった地域を中心に、大きな枠組みとしての「地域再生事業体」の構築に動いていきたいと考えています。

大連については、10月1日に、岐阜県出身、あるいは縁のある方々の親睦、あるいは岐阜県と大連との友好交流の促進を目的とした「大連岐阜県人会」が発足しました。
2008年5月に日中間で調印された『「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明』においてもキーワードとして浮上する「戦略的互恵関係」の推進に基づく観光、経済の交流意欲が日中関係においても機運が高まり、日本の技術等の優位性や中国の市場としての価値が認められつつある中(*3)、しかし、その具体的な方法論や機能については、十分に整備・確立されているとは言いがたいといえます。
関税、商習慣の違い、法務、カントリーリスクの問題、低品質の旅行サービス、あるいは国民感情や相互の不理解などの様々な面倒な要因が、互恵関係の形成を阻害しているともいえます。
ジェトロ、旅行会社、航空会社など個別の主体が、これらの現状に対し、確たる解決策を持っている訳ではありません。
これらの障壁を解消し、安全且つ適正に産業経済、並びに観光文化も含めた人的交流について、コーディネートする「社会プラットフォーム」が今後必要になります。
今後、個別具体的な取り組みを進める中で、これらの形成についても関与していきたいと思います。

以上の2つのプログラムにおける問題意識のいずれにおいても、市場、国家、市民、あるいは産官学民を総動員して、その問題解決にあたる社会的ソフトとしての場(プラットフォーム)の形成が、現状の環境の中で、新たな社会・経済を創造する要素になると考えております。
個人としての転身においては、これらの「社会プラットフォーム」を構築し、機能させ、秩序の形成と受益者(生活者、消費者、事業者)への波及をもたらす事業(Social Platform Business; SPB)を通じ、創造、個の尊厳、幸福に根ざした未来の社会基盤を創造する一つの貢献主体でありたいとの思いを抱き、新たな船出として、私はこの 'SBP' を携え、漕ぎ出したいと思います。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。

2011年11月5日
岐阜県可児市にて

<関連リンク>
黒川清オフィシャルブログ
Smile Trade 10%
「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明

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*1 P.F.ドラッカー『明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』, 1999.3, ダイヤモンド社
*2 黒川清『イノベーション思考法』, 2008.3, pp.211-212, PHP新書
*3 外務省ホームページ『「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明』, 2008.5
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by miyatahisashi | 2011-11-05 16:41 | その他